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『マインド・ゲーム』をブルーレイ化してほしい。…と思ってたら本当にするらしい。

アニメ

この世界の片隅に』劇場版の公開に期待が高まっているが、片渕監督の過去作品のソフト化はどうなっているんだろうと思って何となく調べていた。同監督の『アリーテ姫』をはじめとしたスタジオ4℃ゼロ年代初期作品はあまりブルーレイ化されていないみたいだ。 

また一方で、新文芸坐でスタジオ4°C作品のオールナイト上映が行われ、トークで『マインド・ゲーム』のブルーレイ化が仄めかされたらしい。なんというタイミング!これは嬉しい。

 

というわけで個人的に大好きなアニメ『マインド・ゲーム』の思い出話をします。

信者目線なのでキモイです。あと、長いです。

 

 

 長いので

【最近の出来事】

新文芸坐アニメスタイルの共同イベント、「新文芸坐×アニメスタイルセレクション」。

80回目はSTUDIO4℃特集だった。

animestyle.jp

これのトークで田中栄子プロデューサーが今年『マインド・ゲーム』がブルーレイ化するかもと言ったらしい。

嬉しい。

 



【作品紹介】

原作も映画も知名度イマイチなので説明する必要があると思うが、この作品の概略を言葉で表現できる自信がない。

なので作品の詳細とかは公式HPやAmazonを見てくらさい。予告は観ない方がいいと思う。 

www.mindgame.jp

マインド・ゲーム [DVD]

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 レビューがなかなか熱い。タバコをつけた手が震えた人とか、いいっすね。「超高速の人間賛歌」とか、ぱっと思いつけるようになりたい。原恵一は本作をして「合法ドラッグムービー」と評したとか。うまいことを言う。

レビューを見渡して共通する表現が「アニメーションとしての快楽」「アニメならでは」「これぞアニメ」「アニメにしかできない」といった言い回しだ。この作品は映画である前に物語である前に、何よりもまずアニメなのだ。これは間違いない。

子供のころ、同じアニメのビデオを何度も何度も繰り返し観た人は多いと思う。『マインド・ゲーム』はその感覚を呼び起こす作品だ。

 

監督をつとめたのは湯浅政明クレヨンしんちゃん初期映画で狂ったシーンを描きまくってた人だ。雲黒斎の野望のカンタムロボとかヘンダーランドの塔を登るシーンとか。…と言えば分るだろうか。最近は『四畳半神話体系』『ピンポン』のアニメ版を作っている。個人的には、この原作付き2作よりもオリジナルの『カイバ』が面白い。

マインド・ゲーム』はニコニコ動画に関連する動画が2つしかない微妙な知名度の作品だが、2004年の毎日映画コンクール大藤信郎賞、文化庁メディア芸術祭アニメ部門大賞作品だ。日本アカデミー賞にアニメ部門が新設されるまでの上記賞の存在意義は今と大分違ったろうと思う。

僕は2007年くらいになってからこの受賞の事実を知り、大変驚いた。この年は他にいくらでも大賞を取りそうな候補があったからだ。

 

ちなみに2004年に公開された他のアニメ映画は、『イノセンス』『ハウルの動く城』『スチームボーイ』『雲のむこう、約束の場所』『DEAD LEAVES』『アップルシード』『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕日のカスカベボーイズ』などがあった。庵野秀明の特撮映画『キューティーハニー』もこの年だ。TVでは今敏の『妄想代理人』や今川泰宏の『鉄人28号』や渡辺信一郎の『サムライチャンプルー』をやっていた。

新旧の有名なアニメ監督の大作がこれだけ出揃った年は他にない。クールジャパン戦略やジャパニメーションなんてのにノリノリだった時期だ。現在の視点から見ると、どれも「あぁそんなのあったねえ」程度の存在感しかないのが悲しい。

あと昭和ブームでもあった。名作のリメイクや実写化が流行っていた。たびたびネタにされる実写版『デビルマン』『CASSHERN』 も2004年だ。『マインド・ゲーム』のサイケデリックな極彩色も、流行りを踏襲したものだったのかもしれない。

あと韓流ブームでもあった。韓国ドラマを観たり韓国旅行するオバサンが急増していた。これはどうでもいいか。とにかく2004年とはそういう年だった。

マインド・ゲーム』は単館上映でありながら強力なライバルを抑えて上記賞を受賞した。湯浅政明は既に凄腕アニメーターとして名を馳せていたが、本作が初監督作品だった。絵に描いたようなダークホースだ。

 

2004年文化庁メディア芸術祭の公式ページは既に消失しているが、当時の講評を転載している人がいる。STUDIO4℃のライバル会社、マッドハウスの公式サイトに応援ページがあったというのも驚きだ。

d.hatena.ne.jp

 

またアニメスタイルは公開当時から本作を積極的に宣伝していた。当時の熱狂が伝わってくる。

「これ見たら人間と人形の境界線なんて考えてる場合じゃないですよ……」って感想には笑った。

www.style.fm

 

一部アニメファンの心をガッチリ掴んだ本作だが、結局、一般人気はさっぱり上がらなかった。理由は色々あると思う。絵が可愛くない、とか。表現がクレイジーすぎる、とか。そもそも知らない、とか。原作も全然知られてないし…。

巨匠を差し置いて賞をかっさらったのは確かに痛快だったが、この年に公開したばっかりに商業的に失敗したとも言える。

 

 紹介は以上です。気になった人は観てみてください。ユーチューブにスペイン人が違法アップロードしてるけどちゃんとツタヤに行きましょう。

ここから下はえんえんと自分語りをします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【思い出】

この映画が公開された2004年当時、僕はリアル厨二病まっさかりのキモオタ中学生だった。日々湯水のように投入されるアニメ・漫画コンテンツに狂喜乱舞し、浴びるように消化していた。

当時の空気にはどこか「やべえ…何かが変わるかもしれない…」という密かな期待を感じさせるものがあった。少なくとも中学生の僕はそう信じていた。受信してはいけない電波をガッツリ受けとっていた。

マインド・ゲーム』の存在を知ったのはニュータイプ2004年8月号だったと思う。定期購読してた訳ではないが、確か『ガンダムSEED DESTINY』の放送前情報が目当てで買った気がする。ちなみにこの号はFSSの単行本12巻ラストシーン(プロムナードでないほう)が載っている。FSSファンは本編再開までここから9年も待たされるとは、思いもよらなかっただろう。

ameblo.jp

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マインド・ゲーム』はグラビアページの後ろの方に2pだけ紹介されていた。ニュータイプは時々チェックしていたが本作の大きい記事はこれっきりだったと思う。夏公開の映画だったので直前に一回きりということか。

文章らしいものは作品紹介が隅にちょこんと載っていただけだ。あんまり扱いが良いとはいえなかったが、当時の僕はなぜか忘れられなかった。

当時注目されていたアニメ映画といえば何と言っても『イノセンス』『ハウルの動く城』『スチームボーイ』の3つで、毎日のようにテレビCMが流れていた。これらの作品に話題をかっさらわれる中で、アニメ誌の片隅にちょこんと載った『マインド・ゲーム』のサイケ調の絵とふざけた粗筋が気になった。

中学時代の僕にはネット環境がなく、情報は本屋やテレビに頼るしかなかった。スタジオ4℃湯浅政明も知らなかった。九州の片田舎の中学生だったために単館上映の本作を劇場で観ることは諦め、DVDが発売されてまとまった金ができたらそのうち観ようと思っていた。


後日、ベスト電気に本作のDVDが陳列されてるのを見つけ、通常盤を買って弟と一緒に観た。
序盤の神様の邂逅とカーチェイスで腹がよじれるほど爆笑し、いつの間にか完全にペースを持っていかれ、終始、呆気にとられていた

EDテーマが流れて初めて我に帰った。

僕も弟も放心しながら「今の何?」って顔をしていた。

とりあえず神様のシーンだけチャプターで観てもう一回ゲラゲラ笑った。

 

中学生だからこのしょうもないギャグで笑えたのだとは思うが、疾走感のある動画の速さに笑いの秘訣があるとは思う。横山やすし・西川きよししかり、ブラックマヨネーズしかり、問答無用で笑かしにくる漫才は大抵速い。アニメ版『ギャグ漫画日和』や『てーきゅう』も速い。速いと観客はアレコレ考える暇がなくなる。だからワーッとその世界に入っていける。しかし日本のギャグアニメは長いことこの速さをモノに出来なかった。BSマンガ夜話岡田斗司夫が「アニメ版クックロビン音頭は遅すぎて全然面白くない」と言っていたが、つい最近までアニメより漫画の方が速さを描くのに長けていた、というのはあると思う。

原作マンガを描いたロビン西は「自分は速く描いてるから速い絵になってるけど、アニメではそうもいかないでしょう?ちゃんとガーッってなってるのが凄い」みたいなことを言っていたが…なるほどそうかと思った。漫画は即興的に描けば大体速くなる。岡田あーみんしかり、どおくまんプロしかり、ボーボボしかり、絵が下手で雑な方が笑える。

 

 

 

【改めて、感想…なのか?】

話を戻す。

当時抱いた第一印象を小並感で言うなら「こんなの観たことない」になると思う。

既に観ていた『イノセンス』『ハウル』『スチームボーイ』も前代未聞の映像を色々と観せてくれたけど、「よくできてるなあ」という感じだった。一つ一つのシーンをしげしげと眺めて職人の技術や作り込みに感心してる感じだった。評論家にアレコレ言われることを喜んで待っている画だ。

マインド・ゲーム』はしげしげと眺める暇を与えない。色々と深読みできる話ではあるけど、ほとんどの人間は初見だとイメージの洪水に度肝を抜かれてそんな余裕はなくなる。
この作品を観ていると脳が処理できる限界を越えた速さのモノを観た時の原初的な喜びを直接呼び起こされる。アニメーションってこんなに楽しいものなのかと。

意味不明な映像のイメージとアイデアが高速で投入され、捨てられ、初見では思考が追いつかなくなる。アニヲタに作画崩壊とでも言われそうな描き飛ばし気味の絵がどんどん変化していく。

理屈抜きに面白い。理屈抜きに面白いとは、誰もが一々説明されなくても楽しめるということだ。理由がないということではない。観客は感心したいのではなく感動したいのだ。…まあ、観る側ににある程度のリテラシーが要求される作品の中にも傑作はあるとは思うけど。

たまにコメディ映画の作品レビューで「この作品はアレコレ余計なことは考えず素直な気持ちで観るべし」みたいな指南が書いてあることがあるが、優れた作品というのは観客がいちいち鑑賞の姿勢を探さなくても作品の方が余計なことを考えさせないよう力技で引き込んでいくのではないか。…『マインド・ゲーム』を観てるとそう思えてくる。クソガキの頃の何もかもが楽しくて仕方がなかった気持ちに無理矢理引き戻される。

ノれない人はノれないんだろう。しかしこのアニメを批判しようとするとどうしても「斜に構えた感じ」になってしまうような気がする。

そういうのは30歳までにしとこうよ (⌒,_ゝ⌒)

まぁ、ワイヤーフレームのシーンはクールでよかったよ (⌒,_ゝ⌒)

みたいな。


…また、『マインド・ゲーム』の良いトコは…(すいません信者なので延々と誉めます)…ストーリーと映像と音楽がそこそこ相性よく組み合わさっている点にもある。

スタジオ4°C作品はミュージックビデオや、『デジタルジュース』『アニマトリックス』『ジーニアスパーティ』などアートじみた短編が多く、良くも悪くも動画・作画ありきだ。大抵ストーリーはおまけだった。『マインド・ゲーム』もアニメーションの衝撃が先行する作品ではあるけれど、ストーリーと映像の目指すところがガッチリ組み合って加速している。

ストーリーを追うだけでは単なる自己啓発アニメにしかならない。だから胡散臭い映画なのかと言うと違う。終盤の幾度かの揺り返しを観るに、監督は単純な結論を歓迎していない。劇中で西くんは「恐怖は自分の中にある自分のマインド次第でいくらでも変化する」と作品テーマを露骨に口にするけれど、本作を観てアッと驚いた観客は、別に、そのテーマにふむふむと感心した訳ではないだろう。中にはそういう奴もいるのかもしれないが。僕とか

個人的には作品鑑賞においてテーマなんてどうでもいいことだと思う。テーマや「言いたかったこと」を聞いて満足できるのなら2時間の映画を観る必要なんてない。有名人の格言集や『ちくま哲学の森』定義集を読んでいる方が有意義だ。

一つの作品としてのアニメはストーリーだけ、映像だけ切り取って評価できるものではなく、もろもろ引っくるめた「何か」で決まる。…曖昧すぎる言い方だけど、ともかく、Yahoo!映画の五角形パラメータなんて何の参考にもならない。たとえば、本作は吉本興業の芸人達が声を当てているが、アニヲタ的価値観からすれば思考停止でNOだろう。しかしこの作品に限ってはナイスな配役だ。大阪が舞台だからというのもある(劇場版『じゃりン子チエ』を意識したのか?)。プロの声優の洗練された演技だと、このグッチャグチャなイメージの奔流の中では素に戻されすぎる。こういう映画は自然体の演技の方がなんかイイ感じになる…ような気がする。確信はない。しかし思考停止の「実写化はクソ」「本職声優を使わないのはクソ」という発言には何の意味もない。

 

結局は作品全体がトータルで固有のものにまとめあげられるかどうかが重要だ。そもそも映画化の企画自体、田中栄子の個人的な興味で始まったらしい。

www.mindgame.jp

もともと実写化企画として動いていたというのにも驚かされる。原作をアニメーション化できそうな人物として湯浅政明が直接名指しされるというのも面白い。これこそプロデュースだと思う。別に話題でも何でもなかったカルト漫画を、監督経験のないアニメーターに作らせる。しかも大金かけた劇場版で。よほど当時のアニメ業界に勢いがあったんだろう。

音楽を森本精一が担当したりダンスシーンのピアノを菅野よう子が演奏していたりするが、渡辺信一郎が音楽プロデューサーとして選曲したらしい。今は亡き裏ブブカにインタビューが載っているので引用する。

マインド・ゲーム』っていう作品は、『アニマトリックス』をやってる時にすぐ隣で作ってたんだけど、すごく変わってて面白いなあ、と思ってて。普通にアニメっぽい音楽を付けたら台無しになっちゃうかも、と思って、オレがやるよと手を挙げました。
作業自体は、この映画の音楽を誰にどういった形でやってもらうか、という選定が主です。後は監督と協力して、どのシーンにどんな音楽をつけるかを決めたり、音楽を発注する打ち合わせで意見を出したり。楽しい仕事でしたね。

『裏ブブカ』2005年8月号より

「この漫画面白いからアニメにしよう」から「あの人面白いから作らせよう」に繋がって「それ面白そうだから俺も混ぜてよ。面白い人連れてくるから」に発展したわけだ。作品自体がアニメの原初的な感動に満ちたワイワイ楽しいものだが、作品成立の経緯も、原初的な人と人の繋がりの喜びから成り立っていた。この作品の周りには商業的にどうこうという打算があまり感じられない。全然宣伝してなかったみたいだし。文化に対する欲求だけで繋がっている感じがする。

まあ幻想だろう。吉本の芸人を使っているので、バラエティで特集されたりしたのかもしれない。というか、されたんだろう。

僕が記憶している限りでは、当時はキムタクハウルの話題で持ちきりだったが。 

 

 

 

【今観ると、どうか】

自分自身何度も見返しすぎてよく分からなくなっている。どうしても新しいモノには見えない。

今のアニメファンがこの作品を観て果たして感動するのか、僕には自信がない。「お寒い」と感じるのではないのか…。

無限増殖する世界のイメージとか、ニコニコ動画の投稿作品に慣れ親しんだ人に新鮮に映るかどうか疑問だ。日常の中にいくらでも面白いことが転がっている、生きることそれ自体が結構たのしい…みたいな発想も、ゼロ年代のアニメで繰り返し行われてきたことだ。『ハルヒ』を観たアニオタがやったのは、自意識を語ることじゃなくて、ダンスを踊ることだった。

 

しかし少なくとも2004年時点では他のどの巨匠よりも先見的だったと思う。観客が欲しているアニメの形にかなり近いところにいたと思う。『イノセンス』『ハウル』『スチームボーイ』のどれもがドデカい不発花火に終わってしまったのは、映画を目指した映画だったからだったと思う。うまく説明できる自信がないので富野由悠季の発言を引用する。

それから、僕なんかの世代からみた時に宮崎作品に共通することなんですけど。我々の世代のエンタテインメントに関する弱点が見えすぎてるって気がしますね。特に映像に対して。どっかで「映画って高尚だ」と思っているんだろうなって。

僕が、いつも使ってる言葉で、オープンエンタテインメント、つまり、みんなで「ワーっ」と見ちゃう、そういうお楽しみ、活動大写真だったはずなんだけど。それが……やっぱり、宮さんとか高畑さんは頭がイイんだよね。技術あるんだよね。感性も、それほど悪くない。……まぁ、ロリコン趣味以外は。

それが見えちゃってるのは、すごく辛いなっていうのはあります。映画についてのことで言えば、皆さん好きじゃないかもしれないけれど。「ニュー・シネマパラダイス」っていう映画が、僕、とても好きなの。「ニュー・シネマパラダイス」っていう映画の中で、若い兄ちゃん達が、あの島の兄ちゃん達が、ブリジットバルドーだかなんだかのビキニのちょっと出ている絵を見て「どうもこいつらセンズリかいてるらしい」っていう(シーン)のがあって「映画ってこうなんだよね(笑)」。……っていうあたりの根本的な違いがありそうだな。(宮崎さん達には)「映画を目指している」っていう描き方っていう感じが、ちょっとあるけれどね。

逆襲のシャア友の会』より

アニメが文化的に不当な評価を受けていた世代のクリエイターはご立派な文芸を目指さざるを得なかったのかもしれないが、別に観客は芸術や人生のお勉強のために映画館に来るのではない。どれどれ俺様が評価してやろうと息巻いているアニメ評論家のことは知らん。観客は美麗な映像や重厚なストーリーや哲学的なテーマを求めてはいるが、言うほど求めていない。ロボットチャンバラがなければ30代男性の身の振り方の話なんて観たくもない。女子高生が戦車に乗ってなければ今どきベタなスポコンで感動したりしない。

「オープンエンタテインメント、つまり、みんなでワーっと見ちゃう、そういうお楽しみ」、「どうもこいつらセンズリかいてるらしいっていうのがあって、映画ってこうなんだよね(笑)」…これは今も昔も変わっていない事実だと思う。この事実が長いこと秘匿されていて、最近「大人の視聴にも耐えうるアニメ」とやらが大して儲からない、そんなに観たくないってのがバレてきて、そんな中でガルパン劇場版がヒットしたんだと思う。

マインド・ゲーム』は一見お洒落アニメではあるが、クレヨンしんちゃんも目指している。たまに特殊特殊って言われれたりするけど、どっちかっていうと真っ当な娯楽映画だ。うんこちんこしっこちゅーーーーだし。ちなみにクレヨンしんちゃんが高尚な映画を目指すと『戦国』になる。こっちはちょっと嫌いだ。『大人帝国』は好きだ。

イノセンス』もある意味センズリだが

以上で自分語りを終わる。『マインド・ゲーム』は誰もが中学生の頃の全能感を取り戻せるアニメでだが、リアル中学生が観るとかなり危険だ。『Serial experiments lain』並に危険だ。

早くブルーレイ版が観たい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



【余談】

厨二病の自分は大量投入されるアニメを観て「何かが変わるかもしれない」という痛々しい予感を抱いていた訳だが、思い出補正抜きでも2004年頃がゼロ年代サブカルチャーのターニングポイントだったと思う。

 

2004年に世に出ていたコンテンツで主要っぽいのをあげると、上記の大作アニメ映画、トップをねらえ2!ガンダムSEED Destiny西尾維新ファウスト、週刊わたしのお兄ちゃん、電車男、攻殻機動隊SAC2ndGIG、蒼穹のファフナープラネテス舞-hime…あと、ふたりはプリキュア一期、魔法少女リリカルなのは一期、鋼の錬金術師アニメ版一期、ケロロ軍曹アニメ版一期、ローゼンメイデンアニメ版一期、マリア様が見てるアニメ版一期、げんしけんアニメ版一期などがあった。


思いつく限り書いたのであれがないとかこれがないとかは勘弁してほしい。

翌年以降しだいにロボットアニメやSFアニメが下火になるのだが、一方でゼロ年代の長期シリーズアニメの多くが2004年に放送開始している。


大半の作品がエヴァの影響下から抜け出ている。ファフナーなんかもあるけど。

ちなみに当のエヴァはというと、ゲームのエヴァンゲリオン2が出たり、ハリウッドで実写化が決まったり(笑)、パチンコになったりと、第二次ブームのような体を成していた。

 

あとドラえもんの旧声優が声を当てた最後の映画『ワンニャン時空伝』が公開されたのも2004年で、翌年4月から声優が一新された。

 

 

また、2004年のゲーム業界の方はというと、ニンテンドーDSPSPがほぼ同時期に発売し、ゲハ論争の前哨戦が起きていた。携帯ゲームに関してはここから10年以上根本的に変化しなかったことになる。

あとクラナドpc版が発売した。

 


2004年に連載開始した漫画作品には『ひだまりスケッチ』『らき☆すた』『ハヤテのごとく!』『みなみけ』『荒川アンダーザブリッジ』『もやしもん』『闇金ウシジマくん』『すもももももも』『ないしょのつぼみ』『ロザリオとバンパイア』『ソウルイーター』『鉄のラインバレル』『WORKING‼︎』などがある。

 


翌2005年にはユーキャンの流行語大賞に「萌え」がランクインし、電車男がテレビドラマ化されたりして、ステレオタイプなオタク文化、キャラクター文化が急速に一般化し、薄められていく。

 

 

おわり