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「女の子になりたい」気持ち 引用文まとめ

RTで回ってきた凸ノ高秀という漫画家の画像付きツイートに、大量の共感コメントがついている。とても驚いた。RT回数も凄い。

関連しそうな引用文をいくつか紹介する。人を選ぶ話かもしれない。

 

最後にギャグを入れて照れ隠ししているけど結構マジで描いていると思う。

自分も書き溜めていた文章を整理したいと(勝手に)背中を押された気がした次第。このブログは滅多に更新しないが、書くだけ書いて発表まで至ってないネタがいくつかある。飽きっぽいのでペースというものがない。これからは定期的にアウトプットしていこうと思う。

今回は書かないがそれ用で参考になりそうな引用文をいくつか挙げる。

 

 

 

 八〇年代末期から囁かれてきたことですが、エロ漫画の作者、読者というのは実は女の子になりたいんじゃないかということがあるんですね。男性向けエロ漫画にはだいたい四半世紀、長めに見積もっても半世紀の歴史があるんですけれども、そこで繰り返し描かれてきたのは、女の子が気持ち良くなっている画像ばかりなんですよね。そうすると、やっぱり一生懸命頑張っている男になるよりは、気持ち良くなっている女の子になったほうが得だよねという意識がどこかで働いているのではないかと思います。

永山薫セクシュアリティの変容」東浩紀編『網状言論F改

 

 

冨田明宏:ここ数年、オタクの間では女装への関心が高まっていて、男が女装して美少女になる為のガイドブックも発売されています。今のお話を参照すると、それは理想の女性性と同一化したいという思いと、理想の女性性を所有したいという思いの現れではないか、と思えてきます。           平沢進:それは自分の中にある、理想の女性性を投影する対象がないからですよね。生身の女性が、自分の女性性の投影を成就させてくれないのなら、自分自身が投影対象になり、それを成就させる。だから女装に向かうというのは、あり得ると思います。

「バーチャルな「女性」への欲望とは何か」『ユリイカ』2008年12月臨時増刊号総特集♪初音ミクーーネットに舞い降りた天使

 

 

自分はマコちゃんの視線を通じてこの作品を見て、気がついたら興奮しながらこの文章を書いておりました。そして、憧れのまなざしで「二鳥くんはかわいいんだ」と再確認し、憧れ、嫉妬し、好きになりました。自分は年齢的にいいおっさんですが、「少女みたいになりたい」という思いはどこかにあります。人によっては大人になってから気づく場合もあるでしょう、ああ「女の子」という「なにか」になりたかったなと。

たまごまご『話題沸騰のアニメ「放浪息子」を観た、死ぬかと思った』話題沸騰のアニメ「放浪息子」を観た、死ぬかと思った - エキレビ!(1/2)

 

 

ファッションが豊かってことですかね。キャラクターの装飾の道具が女性のほうがより多くあるということです。つまり簡単な比喩で言うと、「女の子はズボンを穿けるけど、男はスカートを穿けない」みたいな。キャラクターとしての装飾が女性の方が圧倒的に多い。(中略)女性を男性に置き換えるのも可能は可能ですけど、男性を女性に置き換える方が簡単です。全交換ができる。

西尾維新「偏在するトラウマ、壊れた世界」東浩紀編『波状言論

 

 

この歳だから、クロアチアの書店で「ディズニーの本を探してる」と言ったとき、「あなたの子どもは女の子なの?」と聞かれたよ。いまにして思うと、象徴的な質問だ。僕の心のなかに、女の子の部分があるんだよ、きっと。だってディズニー・プリンセスにセクシャルな欲望は感じないからね。(中略)だから、バンダイがエルサの氷の城をプラモデルと呼ばずに、”キャッスルクラブコレクション”と命名した気持ち、理解できるよ。”プラモデル”は男子中学生だった僕に刷り込まれた概念であって、僕のなかの女の子の部分とは関係ない。……いつも以上に意味のわからないことを書いてるけど、男として欠落している深層心理をディズニー・グッズを買うことで埋め合わせている気がする。

廣田恵介「組まず語り症候群」『月刊モデルグラフィックス』2016年4月号

 

 

僕が女性だったらこういう服を着たいだろうと、その都度その都度着たい服を描いている。自分の理想の女性、自分が好きな女性じゃなくて、自分が女性だったらこうなりたいみたいな、そういうあれの基準で描いてるんで、だからその時代、その時代によって好みは変わりますよね、流行によって。

江口寿史「KING OF POP」TOKYO GAS LIFE IS A GIFT : J-WAVE 81.3 FM

 

 

さて男性読者の皆さんは女の子になりたいと思ったことはありますか。僕はあります。と言っても性転換したいとか女装したいとかそういうのとはちょっと違います。違うんです!だって見た目が女の子になったって頭の中が男だったらそれは全然女の子じゃ無いじゃないですか!つまりこれは性欲とはちょっと違う話なんです。(中略)僕は…僕は”心の中から全て女の子”な存在になりたんだ…。女の子として産まれ…女の子として育てられ…女の子としての人生を歩んできた本物の女の子に…

 押見修三『僕は麻理のなか』1巻 あとがき

 

 

高原は、『少女領域』において、近代以降の〈少女型無意識〉について論じる中で、〈少女〉は、「自由」と「高慢」という近代人の理想が込められた表象であるとし、〈少女〉を手に入れたいという男性の欲望を「所有」の欲望であるとする一方で、少女が〈少女〉に憧れる欲望を「憧憬」として区分している。「憧憬」は、欲望の対象を「所有」しようとするのではなく、自らも対象のように「なりたい」という志向であり、近代人の自己愛を満たす手段として「所有」とは異なる、もうひとつの方法として提出されている。(中略)現代は、女の子の「かわいい」文化の方が楽しく、上位にあるように感じられる時代であり、そうした状況において、男性は〈少女〉を獲得し所有することによって自己愛を満たすことだけではなく、女性たちと同様に好ましいと感じられる〈少女〉に「なりたい」という「憧憬」を持つことはむしろ自然であり、たんに男が〈少女〉に「なりたい」などと願うのは変だという「男らしさ」の規範が、そうした欲望を抑圧しているにすぎない。

樋口康一郎『「女の子になりたい男」の時代』『ユリイカ』2015年9月号特集・男の娘

 

おわり